なすぴという惑星

でっかい愛とか希望探してる

嵐と私の成長記録 ②2011~2016

前回の続きである。
前回までの内容を要約しよう。小学校の時点で私は嵐ファンになっているが、まだCDやDVDを買ってはおらずお茶の間ファンに留まっている。なんだ。こんなに短く書けたのか。前回長々書き綴った文章達のすすり泣く声が聴こえる…



さぁ続きにいこう。中学生になり、私は更にお茶の間ファンを極めている。それは全く変わらなかった。変わったことと言えば水泳をやめたことだ。これにより、友達と会う機会がなくなり嵐情報を得ることが少々困難になった。しかし毎日新聞のテレビ欄、テレビの番組表を穴が開くほどチェックすることで人並みの情報を得ていた。スマホを持っていなかった私はなんともアナログな方法で毎日嵐漬けの日々を送っていた。


ここで新たな出会いがある。それが今の所謂相方であるM氏である。(正確には小学生期に既に出会っていたが仲良くなったのは中学生期。当時部活もクラスも一緒だった。) 彼女が私を嵐沼に引きずり込むきっかけを作ることとなる。



それは部活の練習中のことだった。私達はいつも通り嵐について話していた。すると突然彼女は言った。


「◯◯ちゃん(私)、次のDVD買った方がいいよ‼ファン投票で選ばれた曲やったからすごいと思うよ‼」



「ファン投票」




なんとも魅力的な言葉だった。ファンが見たい嵐。見たい。欲しい。でも一回買ってしまったらそこは沼。でも欲しい。私の中で葛藤が始まった。何年も貫き通してきたお金をかけないスタイルを崩してしまっていいのか。買ってしまったら本当のオタクになってしまうのではないか。そんな気持ちはM氏の次の一言ですべて消滅することになる。


「初回限定盤まだあるかなあ…」


しょっ‼初回限定盤⁉限定…⁉これを逃したらきっと定価より高くなって一生買えなくなるに違いない。これは買うしかない。買うことが私の使命だ‼
こうしてゲットしたのが"アラフェス'12 "であった。
初めて見たコンサートは度肝を抜くものだった。歌、ダンス、演出、トーク、どれもが想像以上だった。この日私は塾を休んで何度も繰り返し再生ボタンを押した。

こうして無事、嵐ファンとして一皮むけた私は買うのはDVDだけにしようと決めた。DVDなら歌も聴けるし映像も見られるのだから一石二鳥。CDの役割も果たす。そう言い聞かせていた。
しかしこの決まり事もすぐにまた彼女によって覆されることになる。

それは部活の練習中のことだった。(さっきから全然真面目に練習していないがこれについては反省しているので言及しないでほしい。)


「次のCDさ~初回盤2パターンあるんだって‼別々のPVが入ってるらしいよ‼お互い別々の買って貸しあいっこしない??」


でたーーー魔法の言葉、初回盤‼しかもPV。曲はダンス曲だという。見なくてもわかる。かっこいいやつやん。
ということで即購入。それが「calling/breathless」 生まれて初めて買ったCDだった。
こういうわけで私はDVD、アルバム、シングルすべてを集めるようになった。DVDは過去のものも地道に収集するようになった。


こうしていくうちにぼんやりとした夢を持つようになった。
それは「いつかでいいからコンサートにいってみたい」というものだった。そんな時M氏(例の彼女)がファンクラブに入ったと耳にした。不思議な表現になるが、私にとっての彼女の存在が遠のいて嵐がより身近に感じられるような気持ちがした。(自分でも意味がわからない。)
そんななか、また彼女により、ぼんやりとした夢ははっきりとしたものに変わる。それは彼女が言った、「15周年は絶対コンサート行きたいね」という言葉だった。寒い体育館での集会の途中で言われたこの一言は未だに忘れられない。(ちゃんと先生の話を聞け。)ここで15周年に間に合うようにファンクラブに入ろうと決意した。中学3年生の冬だった。


中学生の私にとって嵐はもはや宗教であった。番組は録画とリアタイダブルが当たり前。ちょっとでも嵐が出演すると聞いたらテレビに張り付いて見ていた。今の私には考えられないことだ。もっと他にやることがあるだろうと言いたいが、きっとあの頃の私は聞く耳も持たないだろう。嵐が中心で世界が回っていると思っているのだから。本当に怖い話である。それでも嵐によって毎日が華やかになっていたことには違いない。この頃嵐はもう国民的アイドルであり、周りにファンもわんさかいる状態であった。こうして嵐が好きなことになんの恥ずかしさも持たなくなっていた。




さて、高校生になった私はついにファンクラブに入ることになる。うっきうきで郵便局に行ったあの日を私は一生忘れない。これでコンサートに申し込む権利を与えられたのだ。小学生の私が聞いたら驚いてそのまま溺れてしまうだろう。「お金をかけない」を守っていた私は「嵐にかけるお金は無駄じゃない」という謎のポリシーを掲げるようになっていた。

変わったことはテレビにこだわりを持たなくなった。部活が忙しかったこともあり、リアタイできない番組も増えたが、録画してるからいいやと考えられるようになった。(やっと正常に戻れた。)


初めてコンサートに申し込んだのは「ARASHI LIVE TOUR 2014 THE DIGITALIAN」であった。
当たらない当たらない。でも当たるかもしれない。そんな気持ちの繰り返し。

そして、外れた。


しかし一緒に申し込んだM氏が当たった。


号泣だった。父の前で涙を流すなんてもう二度とないだろう。(泣いてる私をみてケラケラ笑っていた父を忘れることもないだろう。)こうして初めてのコンサートに連れていってもらえることになった。

初めてのコンサートは準備からすべてが楽しかった。アルバムを聴いては「この曲を生で聴けるんだ」とうっとりし、自宅では気がつけばうちわを振る練習をしていた。そうして迎えた初めてのコンサートはもう。もう。もうであった。興奮しかなかった。これについては後日別の記事にできたらいいと思う。(とにかく言いたいのは松本潤のおしり小さい‼と二宮和也色白い肌綺麗‼である。)

こうして初コンサートを経験した私は、ああきっとずっと嵐についていくんだろうと思った。ありがたいことにBLAST in Miyagiにも友達に救われ参加することができた。これについても後日別の記事にできればいいと思う。


そして受験期。コンサート申し込み、テレビ、その他もろもろを我慢するのは容易ではなかった。実際嵐が出演するときだけ母に呼んでもらってテレビを見たりしていた。しかし受験に追い込まれるほど嵐について考える余裕もなくなっていた。だからこの時期はたまにしか嵐の曲を聴かなかった。今考えるとそれは良かったと思う。あの時期好きだった曲は今大抵嫌いになっている。受験は恐ろしいものである。それでもなんとか受験を終え無事に大学に進めることになった。


駆け足にはなったがもはや嵐というよりは私の歴史について長々語ってきた。嵐のやることすべてを肯定していた中学生から、「ちょっと今回の曲微妙だな」「今回のは神曲‼」など自分の意見を持つようになった高校生期。これは自分にとって大きな成長だった。嵐に追われる生活から嵐を追う生活に変わったような気がした。


こんな記事1つですべてを語れるような6年間を送っていないつもりだが、自分の気持ちの変化をざっとまとめると今回の記事のようになる。嵐を好きという気持ちだけは変わらずに駆け抜けてきた。
しかし大学に入って私の気持ちは変わり始めることになる。


次回「大学生期~別れと出会いと倦怠期と~」
乞うご期待。